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緩やかな登り道に状態の良い石畳が続きますが、10分ほど歩くと県道(旧国道)によって分断されます(左下画像)。
右下画像は、県道に出る手前の美しい石畳道。ここがコース中でもっともきれいな石畳道。 |
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左画像は、県道に出る手前、道を少し降りたところにある山神さま。鳥居の奥に小さなお地蔵様が祀られています。 |
県道を5分ほど歩くと、右手に再び古道の入り口があります(左下画像)。
ここから風伝茶屋がある風伝峠までは150mほど。石畳がわずかな距離だけ残っています。土に半分くらい埋もれているように見えます(右下画像)。 |
 |
わずかに残る石畳道を歩くと、風伝茶屋に到着。県道と再び合流です。
風伝峠は、紀伊続風土記に「常に風烈につき、故にしかといへり」とあり、昔から開かれた峠で、紀和町へ通じる重要な道路でした。
海抜257mで見晴らしが良く、熊野灘の漁師もこの風伝峠を航海の目印にすると言われています。かつては熊野灘を遠望できましたが、今ではスギ植林のために見通しのきかないただの峠になってしまいました。
奥地と海岸地帯を結ぶこの峠は、重要な関門でした。北山一揆の際には青木子兵衛の防備、天誅組騒動に陣が構えられたことなど、いくつもの歴史の跡が残されています。
また、今ではもう作られていませんが、峠の名物「風伝餅」は昔から伝えられて、峠を越す旅人にとってはこの上もない楽しみでした。
左下画像:風伝茶屋。メニューには「風伝餅」と書いてありますが、作られていません。
右下画像:餅がなかったので代わりに頼んだうどん(400円)。
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風伝茶屋の前にある山道に入ってすぐにある法界塔。
かつては熊野灘が見渡せたという峠も、今では暗いスギ林の中。どんな景色か見てみたいですね。 |
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