この1月11日(土)午前中に昔ながらの漁師町の雰囲気が残る魚まち長島(西長島地区)にある湊家において古くから伝わる「水難よけ」の儀式「息子の酒(親子杯)」が行われました。 この儀式は同地区に江戸時代初期から続くもので、長島組の大庄屋であった湊治郎左衛門(初代)の家系を継ぐ湊家一族は水難にあわないという言い伝え(※)にちなみ、毎年1月11日にその年、初めて正月を迎える男の子が湊家を訪問し湊家当主と養子縁組の杯を受けることで水難に遭わないようにしよう行われているものです。 この日は朝8時過ぎより順次、町内外から男の子8人が家族と共に湊家を訪れ、13代当主の湊章男さんと杯を交わしました(子どもさんは杯の縁を口に当てるだけです)。 この「息子の酒(親子杯)」儀式は戦後のベビーブームの頃には毎年80人前後の男の子と杯を交わしたとのことですが近年、地域の過疎化・少子化により毎年5人前後となっています(昨年は2人でした)。 かつては同地区の漁師一家の男児を中心に行われていた儀式ですが、近年は県内外に住む同地区にゆかりのある親御さんの男の子なども儀式を受けています(なおその年に初めて正月を迎える男の子が基本ですが、小学生ぐらいまで男の子ならば儀式を受けられるとのことです)。 この日は私のほか新聞、テレビなど多くのメディアの方も訪れこの珍しい儀式を取材されていました。 いつまでも続いて欲しい儀式だと思いました。 ■息子の酒(親子杯)の模様(YouTube動画)
※湊家の言い伝え これは昔、湊治郎左衛門(初代)が馬で赤羽川で渡っていた際、突然、馬のしっぽを河童に引っ張られ川に引きづられそうになったところ、刀で河童の片手を切り落として難を逃れ、片手を家に持ち帰った。後日河童が片手を取り戻しに湊家に来て「二度と(湊家の)子々孫々は海で死なせない」との約束で片手を返した(以上、「熊野の民俗と祭り」より引用) ※例年1月11日に行われる
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湊家さんは東紀州まちかど博物館の1つにもなっています |
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